Degi Hari

 

「すみません、インスタントの味噌汁はどこにありますか?」と声をかけられた。ここのスーパーはあまり馴染みがなかったから即答できずに「う〜ん、どこでしょうね」と立ち止まって答えた。周りを見渡したけれどすぐに案内が見つからず「ボクもここのスーパーは詳しくないからいっしょに探しましょうか」と言って横に並んだ。彼女は手押し車(シルバーカーというのかな)を押しながらゆっくりと歩き始めた。

それなりの歳になれば、スーパーの売り場のどこに何が並んでいるかなんてわからなくなって当然だろうという、ちょっと考えてみればわかることに気がついた。案内の看板は遠くにあるし、文字は小さいし、ジャンルの括りも昔の呼び方とは違って時代に合わせた表記にアップデートされていく。彼女にとってここはやさしくない世界なのだ。

少し歩いて味噌や醤油が並んでいる棚をみたけれど、インスタント味噌汁はなかった。「おかしいなぁ」とボクはつぶやくように言いながら、彼女よりも先回りして別の列を探していたら、レトルト食品やインスタントスープのジャンルに並んでいた。その棚を見た途端「たしかにそうだな」と納得したような気になった。インスタント味噌汁を飲む生活をしている人は、味噌や醤油のような自炊用の調味料には用がなく、レトルト食品や缶詰を必要としているのだから、そっちに並んでいた方が便利なのだろう。ボクは味噌汁ぐらいパパッと作れるものだろうと思い込んでいたけれど、(彼女のことは知らないけれど)一人暮らしで高齢ともなれば、味噌汁を作ってもあまるだろうし、火にかけたことも忘れてしまうかもしれない。だったら、お湯さえ沸かして注ぐだけでできるインスタント味噌汁はなんと便利なんだろうか。

「あらあら、ここだったのね。ありがとう。」声をかけられて彼女がそばまで来ていることに気がついた。「いえいえ、どういたしまして。それでは。」と言って、ボクは自分の買い物を済ませるために立ち去った。

 

帰り道の歩道橋を歩いていると、手すりの影がボクが進む方向を遮るように伸びていた。このまま進めば「影の世界」に足を踏み入れることになる。「日が当たらない、やさしくない世界」というフレーズが頭の中に浮かんだ。ボクが進もうとしている方向、つまり「影の世界」は駅ビルに入るまで続いていた。買い物袋を持つ手をにぎりなおして立ち止まりそうになったけれど、ボクはそのまま帰り道を進むことにした。遠くの空から渡り鳥のような鳴き声が聞こえてきた。その鳴き声は少しずつ大きくなってきたが、急に消えてしまった。おどろいて振り返ってみると、渡り鳥らしき鳴き声は影の世界の境界で消えていた。