はじめに
先日、スケボーに乗って、調子にも乗ったらド派手にコケて怪我をしました。いい歳してなにやっているんだろうなと反省しつつ、身体と心のダメージと向き合うことになりました。
まず反省
けっして油断はしていなかったのですが、浮かれていました。コケた理由はいくつかあります。怪我が治ったらまたスケボーに乗ると思うのですが、ウォーミングアップをする、プロテクター手袋をつける、など、対策したいと思います
己を鼓舞する
身体も心もダメージを負い、この状態をどうやって乗り越えようかと思っていた時。鬼滅の刃を見直そうと思いついて、再視聴しました。これが大正解でした。
炭治郎は大怪我をしながら、痛い思いをしながら、己を鼓舞し、応援し、仲間を激励し、前向きに戦い続けます。
生きるエネルギーをどうするか問題
「やさしくありたい」とボクは思うのですが、それだけでは押しつぶされてしまって、世界の不幸を全て自分が引き受けるみたいなことになると気づいた事件がありました。
それからというもの、ボクはどうやって生きるエネルギーを得ていったらいいのかなと思うようになりました。
そんなとき、いくつかの事象が相乗効果を起こして、「自分で自分を応援したらいいのでは」と気づきました。
しかし、いきなり「生きるエネルギーを自給自足しろ」と言われても、なかなかうまくできないので、コンテンツからエネルギーをもらおうと思いました。
音楽、マンガ、本、アニメ、ゲーム。
これらからボクは生きるエネルギーをもらっています。
己を鼓舞すること、自分で自分を応援する
そんなときに、炭治郎は自分で自分を鼓舞し、励まし、苦境や逆境も乗り越えていました。そういう意味では、ボクは単純でピュアかもしれません。すぐに真似してみようと思いました。
かといって、炭治郎のセリフのようなことを口に出してしまうのは、はばかられます。周りの人から奇異の目で見られ、離れていかれてしまうでしょう。社会性は保たなければなりません。
というわけで、意識的に、心の中で叫んだり、適度に炭治郎モードを発動してみようと、心がけることにしました。
強く生きる
「やさしく、つよく、おもしろく」は、ほぼ日の社訓で、ボクの大切にしている一節でもあります。やさしくすることはだいぶできるようになったと思うのですが、それだけでは果ててしまう。そこでようやく、この怪我の功名で「つよく」の部分が理解できて、わかるようになってきました。
ボクはボクのために強く生きるし、同じような人のためにも、強く生きたいと思ったのでした。
さいごに
やや断片的かもしれませんが、不自由な左手を使ってパソコンからブログを綴らせていただきました。これもまたどこかのだれかに伝わって、なにかしらのエネルギーになってくれたいいなとも思ったのでした。
そうはいいつつも、このブログのほとんどは、自分のために書いているよなと改めて思ったのでした。
最近、インスタライブで遊んでいます。タイミングが合いましたら、一緒に遊んでください。